DATE 2010. 3. 7 NO .
冷めたクッキーの代わりに、ミルクを温める。
小さなキッチンに立つリディアの傍ら、古びた木机にはスケッチブックが広げられ、村の子供達が思い思いに絵を描いていた。
――だから、クッキーが手つかずのまま、冷えてしまったのだけれど。
時々こうやって面倒を見る。魔法を教えてやって欲しいと頼まれたのがきっかけで、絵がイメージを掴みやすいだろうと思ったものの――今ではただ遊びに来ているだけの子もいる。
もっともこの村の誰も、それが悪い事だなんて思っていない。子供達が――といっても人数は微々たるものだけれど、いつか自分の力を正しく識る事の助けとなるのは、何も修練のみではないのだから。
「ねぇ、これ食べてもいい?」
「もうちょっと待ってね……」
温めたミルクで紅茶を淹れる。
クッキーの代わりの甘やかな香りが、室内をそっと満たしてくれた。
「はい、召し上がれ」
「いただきまぁす!」
程なくして、白いスケッチブックにクッキーの欠片がぱらぱらと落ち始める。
けれどそんな事には一切構う事なくクッキーと甘い紅茶に夢中の無邪気な子供達を眺めていると、自然と頬もゆるんでくる。
(……落ち込んでたのかな)
どうしたいんだろ。
嫌じゃない、けど、わからない。
(この子達にも……エッジにも。どんな顔して私は――)
『……また来るからな!』
どんな顔で迎えればいいか、なんて。
そんなばかばかしい疑問を誰かにぶつけるわけにもいかない。
一緒に旅をしていた頃が、遠い昔のように思えた――
「――ごちそうさま!」
子供の声に、リディアは我に返る。
見ればいつの間にか、クッキーを入れてあった籠も紅茶で満たしたカップも、全部空っぽだった。
「おいしかったよ、リディアお姉ちゃん」
「ありがとう」
立ち上がり、片づけてしまおうと食器に手を伸ばす。
けれど視界に入った緑に、思わずその手を止めた。
「これ、は……」
白いスケッチブックに、緑一色で人の顔が描いてあった。
一心に絵と向き合う描き手の少年は、ちょうどエッジが訪れた頃にやって来た。今日は他の子達より出遅れたせいか、いつになく真剣に取り組んでいて、リディアの視線にはまだ気づいていない。
「……私?」
髪の長さと、何よりその色から、リディアはそれが自分を描いたものだと気づく。
「彼女」は、こぼれたクッキーの欠片を時々巻き込みながら、紙をめいっぱい使った力強い線で描かれていた。
「そう、お姉ちゃんだよ! ……どう?」
自分の絵を見ているんだと気づいた少年が、ようやく顔を上げてリディアの疑問に答えた。
改めてその絵を見つめ直す必要もない。
幼い絵ながら、「彼女」は確かな表情を浮かべていた。
「この私は、何をしているのかな?」
「僕が今日、最初に見た時のお姉ちゃんだよ」
その、言葉が。
「そっかぁ……ありがとね」
片づけようと手に取ったカップに残る温かさと共に、リディアの心の霧を、ゆっくりと晴らしていった。
≪あとがき≫
まずはリディア編をば。「届けたかったのは」のエッジ編とセットになっておりますです。
ほんとは3部作だったはずなんですが、あとひとつどのお題にするつもりだったか、どうしても思い出せないっていう……orz
――喜んでいいのかわかんない、ってのも……あるんじゃないかなぁ。
top